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もちつきにっき

名刺に書いてる以外のこと。

汗ばむ右手に握るはTOKYO

小学生の頃の私にとって最上のおしゃれとは「キャラメルマキアート」のことだった。

いつどこで誰から、その存在を教えてもらったのかは覚えていない。当時、スターバックスなどもないド田舎に住んでいた私にとって、日常生活に登場するものでなかったことは明らかだ。テレビのなかのきれいな女の人が唱える呪文、必要以上に長く連なるカタカナ、「マキアート」という意味不明な文字列。ほぼ存在さえ疑わしいほどの「それ」をしりとりのときに用いれば一瞬だけ私は「TOKYO」だった。

そして今夜、私は人生ではじめて、キャラメルマキアートを、飲んでいる。

手の汗がすごい。暦の上では春といえどまだまだ肌寒い夜に、「それ」を持つ私の手は明らかに汗ばんでいた。周りを見渡せば皆、楽しそうに談笑したり、分厚い冊子を広げて勉強していたり、紙ほどの薄さの金属をアンニュイに操っていたりする。もちろんその脇には穏やかに微笑む一様のマークが入ったコップを添えながら。見る限りは誰もがおしゃれな店の雰囲気に溶け込んでいる。この様子なら彼らにとってキャラメルマキアートは主食なのかもしれない。私の動揺は加速した。

スターバックスを利用するのは初めてではない。ただ小心者の血に逆らえず、いつも一番安いドリップコーヒーを小声で注文していた。時折メニューを見上げて思案する顔をしたりもしたが、「ドリップコーヒー」以上に長く連なるカタカナは発音することさえためらわれた。
しかし今夜の私は違う。この場にいらっしゃるみなさん、知らないかもしれないが、私のこの白い紙製のコップの中には、あの頃の私の「TOKYO」が、注がれているんです。一人声にならない声をはりあげてどうにか私は席に着き、1cmほど開かれた飲み口から見える白色の液体と対峙した――



おいしかった。でも「マキアート」の意味はまだよくわからない。