もちつきにっき

名刺に書いてる以外のこと。

1か月我慢できないもの

1か月我慢できないものを定期的に考える。

食事とかトイレとか睡眠とか、生活に最低限必要なものを除く。

ほぼ無限に考えついて、普段どれほど様々なものに依存しているかに気づく。

 

チョコレート、SNS、音楽、右手、走る、白米、インターネット、友達、紙、濁音、嘘、書く…

きりがないのでここらへんにしておく。考察をはじめる。

 

①チョコレート(判定×)

・ココアやチョコレートドリンクなども含む。これは個人差がでるものだ。人によっては1か月はおろか1年食べなくても平気だろう。しかし私は1週間でも耐えられる自信がない。チョコレートの味は他で代われない。砂糖を煮詰めても、焼いても、こねくり回してもチョコの味にはならない。カカオをなめれば風味くらいは感じられるかも知れないが、道端にカカオはそうそうない。チョコレートは安定剤にも似ている。悲しい時もさびしいときもイライラしているときも食べれば少しおさまる。次々と湧き出して流れる自分の言葉でいっぱいになった私の体のなかに溶けていって、句読点をつけてくれる。

 

SNS(判定△※実験の余地あり)

・これは確実に毎日使っているもののひとつだ。もし1か月使わなかったら、相当時間ができるだろう。無意味にいじっている時間が長すぎることは自分でもわかっている。なぜそこまで必要としてしまうのか。表現欲、承認欲求、孤独感、自己肯定欲、好奇心、刺激…理由は様々考えられる。こうやって見ると全体的に渇きを潤そうとしている印象。しかしほんの数年前まではなかったものだ。そのときの私はどうしていたのだろう。…あ、思い出せない。メールしていたのかな、携帯も持っていない頃は手紙を書いていたな。あの頃の私は渇きをそうやって潤していたのか?いや、そもそも渇いていたのか?渇いてもないのに潤したのが始まりだったのか?…思わず懐古が始まってしまったが、これは実験的に1か月我慢してみても面白いかもしれない。中学生の私ができたことを私は今もできるのか。

 

③音楽(判定×)

・考え事をしているときと人といるときを除いて私は基本的に常に音楽を聴いている。散歩や家事をするときにiPodの電池がないとシュルシュルとやる気がなくなる。語れるお気に入りのシンガーもいなければ、ライブなどもほとんど行ったことのない私だが、物心ついたときから生活には音楽があった。SNSより生活への密着年数は長い。街中で聞こえてしまう音楽を除いて、歌うことも、聴くこともない生活。想像さえできない。でも音楽のない環境で聞こえる音とそのときの自分には少し興味がある。その音をすがりつくように聞くのだろうか、何か新しいものを見つけるのだろうか、ああでもその時に脳内で流れるのは今まで集めてきたメロディーだろうな。私はもう音楽のある生活を知ってしまった。

 

予想を上回る量の文になってしまった。続きは気が向いたときに。