もちつきにっき

名刺に書いてる以外のこと。

明日のメール

「お疲れ様です」や「明日も頑張ろう」というメールを受け取って、ふと疑問に思う。
この人は私がどんな今日を過ごし、明日どんなことをするかを知らないはずである。でもそれらはもはや特に深い意味のないあいさつとして使われている。
それほどまでに日々とは「疲れるもの」で「頑張らなければいけないもの」という認識が一般的なのだ。

仕事を辞め海外にワーキングホリデイで滞在し、今再就職した友達がいる。その子は「会社の人にワーホリの話しても、現実逃避だとかどうせ遊んできたんでしょって言われるばっかりだから嫌になっちゃった」と言う。
遊ぶことに対してポジティブな思いを抱かない人はたくさんいるんだなぁと思う。遊んだっていいじゃないか、というより、遊ぶっていいことだよね!と私は言いたい。

少々極論になるが、人間はそもそも暇だと思う。死ぬまでの時間何をしようかという話で、仕事をしたり恋をしたり歌ったりしている。そのなかで、遊ぶというのも暇の有効活用のひとつだ。

忙しく頑張って働いている人はすごい。
自分の、そして誰かのよりよい明日のために労力を費やす姿はかっこいいなぁと思う。
でも遊ぶのも同じくらい価値のあること。
音楽の休符、ダンスの静止、文章の句読点。
必死に動くものばかりで世の中出来ているわけではない。
遊ぶ大切さがもっともっと一般的になれば、明日のメールには「今日も楽しもう」って書いてるはず。