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もちつきにっき

名刺に書いてる以外のこと。

気づいてしまった

多様性、多様性叫んでる自分が一番多様性なかったわ。

私の出身は田舎で、まぁ田舎特有のよそ者嫌いの村意識強い雰囲気もまだまだありまして。そういう雰囲気の権化的じいさんに知り合いがめちゃくちゃ泣かされたそうで先日。
同県内ながらも別の地域に就職したその子は初日から「ヨソもんのおめえが何でここに来たんだ」とじいさんのパワハラうけまくり。その話を聞いた私は「21世紀グローバル社会の時代に地域違うってだけでヨソもんもなんもないだろあほかーーー!?!?」と怒り心頭だったのです。それで今日東京の友達にその話をして。

まぁまとめると、

「なんであーゆー人たちは相手を理解しようとしないの?」「狭い価値観を改めるべき」って正直上から目線で思ってた私は、考えてみれば「あーゆー人たち」とニアリーイコールでした、ずーん。
「自分がしてる努力をしてない人たちのことを怠慢と言って片付けることこそが怠慢だ」という旨のことを友達に言われ、どーん。
「みんなそれぞれに必死に生きてるってとこから議論を始めないと生産的じゃないよ」と続けられ、うんうん。

よい学びでした。

そもそも私だって多様性なんて言葉と反対のとこにいた人間。
新しいものは入ってきてほしくない、理解もしたくない。慣れ親しんだ居心地のいい空間で自分に共感してくれる人たちとにこにこ暮らしたい。
だからわかる。「異物」に対して閉鎖的で排他的な態度をとる人の気持ちがよくわかる。

でもさ!と、

それじゃもったいないんだなって気づいたのよ。
私の宝物を誰かはゴミって思ってるかもしれない。
誰かの宝物を私はゴミって思ってるかもしれない。
じゃあお互いの気持ちを共有したら、「これこんないいところがあるんだよー!」って教え合えたら、単純に宝物2倍になるじゃん!おもしろくなるじゃん!

と、拳を握りながら語る私に
「まず自分の宝物、ゴミって言われるのが怖いんだよ」と冷静に友達。

そうだよね……。そりゃそうだ。
でもさ、ゴミって言われて初めて、誰かの宝物をゴミって言ってた自分に気づくんじゃんね。一回それを知れたら今度から簡単にゴミって思わなくなるんじゃないかなぁ、「誰かは大切にしてるものかもしれない」ってさ。


……


そして冒頭に戻る。


私、ゴミって思ってたね、権化じいさんが大切にしてたもの。
もう、当たって頭もげるくらいの特大ブーメランでした。
いくら世間的に「正しくない」考えだって(だから私は堂々と批判してたんだけど)、そのじいさんにとってはずっと守ってきたものだった。その土地の会社にはその土地の人が働いて住むっていうことから始まる色んなこと。大きく言えば郷土愛。
そこを尊重しなかった私は、自分が批判してきたものと大差なかった。


うーーん。難しい。
対等な立場で理解しようとするってさ、すごく難しいね。
正論振りかざせば白黒つけれることは多い、でも理解ってそういうもんじゃない。

友達「そんな難しいこと、避けようとするほうが自然だよね。同じ文化背景と言語を持った人たちで固まって暮らしたいって思うほうが自然っちゃー自然。」

そうだねぇ…。
でも難しいことを、難しいねしょうがないねで終わらせたくない。

なんか、あるはずっしょ。

というわけでこれからなんか考えます。
オチのない話ですが、ここに宣言しときます。
あと友達、ありがとう。